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『シェンムー』 制作発表会レポート 1998.12.20
第一部

Dreamcast index

 莎木(シェンムー)。鈴木裕氏 監督・総指揮のDreamcast用タイトル。雑誌を見てTVCMを見てそして想像しても、なんの事なのか、どんなものか、解せない日が続いていたある日。発表会への誘いが目を横切った。ゴロウさんのセガトライブ。1998/12/20(Sun) パシフィコ横浜にて制作発表会。遠い…ね…

 当然期待なんてしてなくて。予定がなくてヒマだったし、OFFでメシ食って、だらだらSEGAゲーの話でもしよう、なんて、そういう感覚だった。でもそれって間違いだった。すごいショックを受けてしまって、ちょっとこれからのDreamcastは本気でヤバいって、震撼した。とにかく凄い。忘れたくない感動があったから、短いけれども、書き記して置こうと思う。

 

 発表会は莎木(シェンムー)のテーマ、玲莎花(レイシェンファ)のテーマを歌い奏でる神奈川管弦楽団の素晴らしい音色で始まった。中国の歴史と大らかさ、そして何故だか、すこしかなしげな旋律が、我々の心を揺るがした。司会の三枝成彰・千葉麗子が、そして鈴木裕が、その後90分に渡って発表した莎木という作品は、はじめてモデル1のVRやVFを見た時の感覚に酷似していた。またしてもあの、かけ離れた表現力のギャップを感じることになろうとは…

 

 画質の緻密さとクオリティ、そして空間の広さは、たとえるならモデル3のスパイクアウトと言ったところか。そこに、自由な視点の移動と会話のシステムを追加すれば、莎木と言えなくもない。けれど明確な違いはモーションだ。VF3のモーションは確かに凄い。けど、そんなんじゃもう比較の対象にならない。たった2年前なのに、あれはもう2年前の化石なのか!? そう実感できるほど、あらゆるモーションが「本物の人間」だった。

 その本物の人間は、SGIを駆使した美麗ムービーではない。すべてDreamcastがリアルタイムに描画するリアクティブCGなのである。莎木ではゲーム中に一切ムービーは使われない。ゲームとムービー(しかも汚い)のギャップに泣かされた前世代マシンとは明らかに別物なのだ。我々は、嫌でも 進化という二文字をはっきりと認識することになるだろう。

 RPG? それ以前に、これはゲームなのか? こう問い掛けたのは、鈴木氏をはじめとする制作サイドだ。FREE( Full Reactive Eyes Entertainment )と呼ばれるそのシステムは、子供でもわかる簡単さと、大人でも引き込まれる奥深さの両立を目指したニュージャンルだ。(具体的には鈴木氏の6歳の子供でもプレイできるように、という願いがある)

 主人公・芭月涼(はづきりょう)を操作し、街を散策する。会話は、相手に声が聞こえる程度の自然な範囲で話しかければいいし、何度も同じ事を喋る無機質な相手もいない。話が気に入らなければ途中で立ち去れば良い。ビルとビルの間を占拠する看板を、そして空を見上げながら歩く。ときにはひどく汚れた煩雑な地面を見ながら。走りながら壁を目指しても、ぶつかりっこない。歩みをやめるから。それが人間だから。

 そこに人が居て、生活がある。鈴木氏の言う「超現実」は、確かに、そこにあった。


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